COLUMN コラム
M&Aにおける表明保証違反の損害補償(賠償)について その1
1 表明保証違反について
株式譲渡、事業譲渡その他のM&Aにおいては、特に、売り手が買い手に対して、企業価値や事業価値を減少させる原因や事実が存在しないこと表明保証し、売り手が当該表明保証に違反した場合には、買い手に対する損害賠償責任・補償責任を負担させる旨、契約に盛り込むことが主流になっています。表明保証違反の場合に損害賠償責任や補償責任発生することを前提に、ア:表明保証違反(不真実)があるか イ:表明保証事項についての売主の情報開示状況や買主の主観がどのようなものか(買主の悪意・重過失など) ウ:表明保証違反と損害との因果関係があるか エ:損害(補償)の範囲 などが争点として問題となりやすいところです。アウエは別の機会に譲るとして、以下ではイに関連する裁判例をいくつか列記・紹介させていただきます。
2 裁判例
(1)東京地判平成18年1月17日
買主が複数売主から株式会社Aの全株式の譲渡契約をしたところ、A社において、赤字決算の回避目的で、和解債権についての元本充当の弁済金を利息に充当したものと扱われており、当該元本についての貸倒引当金の計上がされていなかった(当該期の決算書への注記もなし)という事案です。買主は、株式譲渡実行直後にこれを認識するに至りました。
当該事案において、裁判所は、買主が表明保証にかかる事実が真実でないことにつき悪意や重過失がある場合には、売主において表明保証責任を免れる余地があるとしています(なお、悪意・重過失を抗弁として認めることについては批判も強いところ、当該裁判例を意識した当事者の主張やこれを受けた裁判所において重過失の有無判断を行っている事案は散見されるところです)。
しかし、裁判所による具体的認定では、買主側の会計事務所のデューディリジェンスにおいて、「一般的なフォームを知るために数通の合意書を提出させるにとどめ,サンプリングで抽出された 35 件全部について照合を行うことはしなかった点」は特段問題なく、A社が、「監査法人による監査を受けていることにより、財務諸表が会計原則に従って処理されていることを前提としてデューディリジェンスを行ったこと」も非難されるべきではないとしています。
裁判所は、むしろ売主側が、上述の和解債権処理を「故意に秘匿したこと」を非常に重く見て、売主の責任を認めました。
(2)東京地判平成23年4月19日
次に、買主が、売主との間で、株式会社Aの全株式について株式譲渡契約を締結し、株式譲渡の実行(平成20年3月31日)を行ったところ、同年6月になり、A社が売主としてB社と締結していた機械売買契約(1~4号機)がBにより解除され代金分の企業価値の減少が生じたとして買主から売主に表明保証違反の損害賠償請求がなされたという事案です。
裁判所は、売主が約定代金の8割の入金は得られる見通しとの説明を買主に対して行っていたことを認めつつも、各機械の性能が要求仕様に大幅未達の状態であること・B社との間で依然交渉中であること等の売主の判断の前提となる客観的情報が開示されていた点、買主側で事前に企業調査を行っていて実態把握の機会を十分有していた点、株式譲渡の実行の前に1号機の売買契約について解除が確実であると連絡していて危険の拡大も予想されていたにもかかわらず実行繰延べや条件見直しを行うことなく実行した点(そのため当該株式譲渡契約を実行するか否かを判断するに必要な情報は買主に提供されていたと認定できる点)などを重視して、表明保証の対象たる事項について重要な点で不実の情報を開示し、あるいは情報を開示しなかった事実は認められないと判断しています。
(3)大阪地判平成23年7月25日
平成 17 年 9 月 13 日、買主は、売主ら5名から株式会社Aの全株式を譲り受ける旨の株式譲渡契約を締結し、当該契約には表明保証や違反の場合の損害補償の条項等が規定されるとともに、クロージング日前に売主らが買主に対し明示的に表明および保証の違反を構成する事実を開示した上で当該株式を譲渡した場合の表明保証義務の免責条項が規定されていました。平成16年12月期にAにおいて信託契約の解除にともなう収益受益権の消滅により経済的利益を受けていたにも関わらず益金算入していなかったところ、平成19年4月の税務調査で平成16年12月期の申告漏れを指摘されたため平成19年10月に修正申告しました。これが表明保証違反であるとして売主らが損害の補償請求を受け、これに対して売主らが免責規定該当を主張した事案です。信託契約締結時にA社が国税庁に相談に行った際に信託契約の解除時の租税回避行為認定危険等、平成19年税務調査時の指摘と同様のリスクを指摘されていました。当該回答内容はA社の議事録に記録されていたところ、当該株式譲渡契約に先立つ買主によるデューディリジェンスの際、買主側の弁護士にも提供されていました。
国税庁の課長補佐の指摘がそのまま議事録に記載され、議事録を一読すれば、税務当局による指摘の可能性を認識し得たとして、A社 の決算報告書・税務申告書、本件信託契約の契約書、本件合意解約に係る解約合意書及び本件議事録の交付は、買主のためにDD を受託した担当者が、税務当局による本件指摘の可能性を認識し、A社 の資産価値に影響を及ぼす事情の存在を直ちに理解するに十分な程度の開示であったとして、免責条項にいう「明示的に表明及び保証の違反を構成する事実」を開示したものと認められるとしました。
これらの裁判例を踏まえると、買主側で行うデューディリジェンスでの情報取得の位置づけや評価については、注意深く分析する必要があります。売主から開示された情報が直接的な事実を示すものではなくとも、開示された事実から買主が何を認識しえたか、又は認識すべきであったかについても後々の裁判で評価されることになります。
そのため、買主は入手情報が表明保証責任との関係でどのような位置づけにあるのかを可能な限り具体的に分析し、これを前提に株式譲渡契約における表明保証をどのように規定するのか、サンドバッキング等の条項を設けるか、表明保証違反の事実をリストアップしそれ以外は例外なく表明保証違反を認めない形式とするか等、売主との力関係も見ながら工夫をしていく必要があります。これら点は当然表明保証責任によるリスク分散を前提とする企業価値評価にも影響しますので、法的側面からは弁護士が、会計税務面・企業評価面からは会計士・税理士等が、それぞれ専門的な観点から協力していくことが必要とされる場面となります。
3 最近の裁判例
なお、買主側の重過失等に言及している比較的最近の裁判例としては以下のようなものもあります。
(1)東京地判令和3年6月18日
買主が、A株式会社の株主であった売主との間で、売主の保有する同社の株式の全部を譲り受ける旨の契約を締結したところ、当該契約に定められた表明保証条項に違反したことにより損害を受けたと主張して、補償金を請求した事案です。A社の制作販売する接骨院用レセプト発行システム・鍼灸マッサージ管理システム製品をパソコンにインストールして使用するためには、当該パソコンにD社のクライアント運用パッケージ(「ランタイム」という)をインストールする必要があるところ、A社の当該製品のインストールの際に、ランタイムのCD-ROMを複製して使用することで本来必要とされるランタイムのライセンスを購入することなく顧客にA社の当該製品を販売して使用させていたという事案です。
当該契約は、「売主及び買主は,買主及び買主のグループ会社の行った対象会社に関するデュー・ディリジェンスは,売主保証の有効性,並びに,売主保証違反に関する補償その他の規定の効力に,何らの影響も与えないことを確認する。」との規定(いわゆるプロ・サンドバッギング条項)を規定していました。当該解釈につき、買主は、「補償債務には影響しないのであって,原告(買主)の悪意又は重過失により,被告が補償債務を免れることはない。」と主張し、売主は、「デュー・ディリジェンスが売主保証の有効性,売主保証違反に関する補償等に影響を与えないことを規定するだけで,被告の表明保証違反について原告が悪意であり又は原告に重過失がある場合について規定するものではないから,原告が被告の本件表明保証条項違反の事実を知っていた又は知り得た場合にも被告が補償債務を負うことを定めたものではない。したがって,原告が本件表明保証条項違反を知っていた又は知り得た場合には,リスクの公平分担という観点から,表明保証違反の有無・程度,被告の帰責性及び主観的要素,原告の主観的要素等を総合的に考慮して被告が補償債務を負うか否かを判断すべきである。」と主張しました。
裁判所は、当該規定を、買主がデュー・ディリジェンスにより被告が本件表明保証条項に違反していることを知り又は知り得たとしても、そのことにより買主に生じた損害等について売主は補償債務を免れない旨を定めたものと解釈しました。もっとも、解釈上は買主側の言い回しを採用しながら、買主の重過失の有無についても判断自体は行っており、売主代表者が著作権侵害を放置し、売主従業員への口止め、買主に対して従業員に対する接触を避けるように求めるなどの事実を重視して買主の重過失はなかったとしています。
(2)東京地判令和元年12月24日
買主が売主と締結した調剤薬局店舗に係る事業譲渡契約に定められた表明保証条項に違反する取扱いがあったとして、買主から売主に損害賠償を求めた事案です。
裁判所は、医院からの処方箋のほぼ全てをファクシミリで受信して調剤をし、患者が直接来店した際に医院の受診料を徴収するなどの取扱いが認められ、当該取扱いは、薬担規則等に抵触し得るもので、重大な行政処分につながり得るものであったと認められるから、表明保証条項に違反したと認定しています。その中で若干ですが、売主から主張された買主の重過失の点について判断し、事業譲渡契約の締結の経緯に照らして重過失はなかったとしています。
(3)東京地判平成30年3月28日
買主が売主との間で、水産物販売会社の株式にかかる株式譲渡契約を締結したところ、当該水産物販売会社に法人税の申告漏れ等があったことが判明し、表明保証条項違反に当たるとして、買主の売主に対する損害賠償請求がなされた事案です。売上除外や仕入れについて請求書が不存在であったことについては、総勘定元帳に記載がない等から、DDで認識することは困難であるとして、買主に重過失があるとの主張に対して買主に過失があるとはいえないと判示しています。
4 その他の最近の裁判例
なお、重過失等が問題になったもの以外では、近時、札幌地判令和2年12月25日(薬局閉鎖が問題となった例)、東京地判令和2年11月27日(保育園が問題となった例)、東京地判令和2年10月26日(事業計画が問題となった例)、東京地判令和元年11月13日(コンサルティング契約の報酬が問題となった例)、東京地判令和元年6月11日(医療法人が問題となった例)、東京地判平成31年2月27日(完全合意条項の存在を考慮して表明保証条項を解釈した例)、東京高判平成30年12月26日(信託会社の本人確認義務違反についての表明保証違反が問題となった件)、東京高判平成30年10月4日(前述水産物販売会社の事案の高裁判決)などもM&A時の表明保証違反について言及しています(表明保証につき詳細な判断がなされていない事案も含む)。ここでは年月日の紹介に留めます。
以上