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2022.06.13
石井 藤次郎

過払金がローン会社の企業会計に与えた影響

1 最高裁の大転換(グレーゾーンが,ほぼブラックとなる)
 「過払金を取戻します」という宣伝広告が,15年くらい前から盛んにメディアでも繰返されてきたので,皆さんもよくご存じでしょう。平成18年の最高裁判決までは,貸金業規制法により,利息制限法の制限利率を超えてもグレーゾーンという取扱いがあり,消費者が任意に支払った利息は,有効な支払いとされていました。グレーゾーンというのは,利息制限法と刑罰規定がある出資法の利息(当時は,年29.2%。現在は,金融業者かどうかで別途に規定されている)との間のことです。
 平成18年1月13日の最高裁判決は,このグレーゾーンの取扱いを「任意の支払い」を厳格に解釈して,利息制限法を超えた利息は,ローン会社が任意の支払を立証できなければ無効であって,ローン会社は返還する義務を負うという,衝撃的な判決を出したのです。

2 完了している企業会計の巻き戻しをどうするか?
 この判決の後,にわかに世間の目は,過払金に注目することとなります。民事債権の時効は10年なので,理屈の上では平成18年から10年間遡って,平成8年までに授受されたグレーゾーン利息の多くが無効とされ,返還請求が可能とされたのです。最高裁判決以降,過払金返還訴訟が一挙に増大することになりました。
 他方,ローン会社側にとっても,この判決は企業会計に多大な影響を与えました。10年分の超過金利の返還債務を,どのように企業会計に反映すべきでしょうか。例えば,中堅規模のローン会社が,毎年総額約500億円を数十万人の消費者に貸出して利息収入を得ていた場合,グレーゾーン年利を平成12年までは40%,その後平成18年までは29.2%とすると,年間で約200億円~150億円の売上となります。これと利息制限法利率を18%と仮定して算出した差額を年22%,11.2%とすると,平成12年までは,売上の約半分の110億円が,その後は約56億円が返還すべき過払金となります。これが,平成8年から平成18年まで続いていたということは,単純計算でも約770億円の過払金債務総額となります(大手だと,この総額は,数千億円というレベルになります)。
 ローン会社は,この数百億円を貸借対照表の負債の項目に計上しなければならないのでしょうか?もし,然りとすると,大手も含めてどのローン会社も大幅な債務超過で,すぐにでも倒産するしかないでしょう。実態としては,どのローン会社もこのような運用はせず,引当金方式で対処したのです。前年度の実績を見て,一定額を「利息返還損失引当金」のような名目で計上していたわけです。社会的な実態としては,たとえ最高裁判決が出ても,全ての消費者が一挙に過払金請求をするとは限らないわけです。また,一般に,保証債務とか不法行為債務なども当初は計上する義務はなく,履行する可能性が高まってようやく負債や引当金を計上する取扱いになっていたりします。こうなると,即時に数百億円の負債を計上することに合理性があるのかという疑問があるのです。

3 公正妥当な会計慣行とは
 実際,この争いは裁判になりました。一例としては,平成19年以降に,引当金方式で貸借対照表を作成し,株主に複数年度に亘り剰余金配当をしていた同族経営のローン会社があり,その後株式が譲渡されて新株主が承継していたケースですが,当初は利益を出していたが3年後に破産して登場した破産管財人が,4年前までの旧株主への剰余金配当は無効として,旧株主に返還請求をしてきたのです。管財人は,潜在的過払金を有する消費者顧客の代理人のような立場でしょう。
 さて,会社法は,431条で「株式会社の会計は,一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする」と規定しています。管財人は,「最高裁判決が明確に過払金の返還義務を認めたのだから,ローン会社は,全ての負債を計上した後でなければ,全ての消費者顧客を公平に取扱うために,剰余金配当など行うべきではない。」という主張です。
 被告の旧株主にしてみれば,「消費者ローン会社は,どの会社も引当金方式でやってきた。実際,前年度の過払金の支払い実績を考慮しながら翌年度の引当金の額を決めていく方式は,企業会計の実態にもかなっているし,公正である。最高裁判決だって,グレーゾーンを常に無効と言っているわけではなく,数少ないけど「任意の支払」として有効とされるケースもありうる。事業譲渡後もローン会社は利益を出していたから,剰余金配当と倒産には,因果関係はない。」という主張です。

4 裁判所は利息損失引当金を公正妥当と認める
 
結局,この裁判は,被告株主が勝訴し,管財人は敗訴でした。やはり,過払金訴訟の実態として,数百億円が全額かつ一挙に請求されることはなかったわけで,どのローン会社も全額を負債として計上していなかったという点が,「公正妥当な会計慣行」と認められたことに大きく影響したと考えられます。企業会計をあまりにも保守的な運用にしてしまうと,実態から離れすぎて「真実性の原則」に反するということにもなりかねません。逆に,配当後,会計年度を跨ぐことなく6ヶ月程度で倒産したケースでは,最後の配当を無効としたケースもあります。
 なお,過払金には,この外に平成8年度から17年度までにローン会社が政府に納付した法人税はどうすべきかという問題もあり,これも裁判になったことを,付言いたします(例えば,最高裁令和2年7月2日判決は,過去に遡って益金を減額することは公正妥当な会計慣行ではないとして否定)。

5 現在の状況
 
現在では,最高裁判決から10年となる平成28年で,当時の直近の過払金債務は時効中断されていない限りは消滅することになるので,令和の時代には存在はするものの下火になっています。最高裁判決以降は貸金業法も改正されて,もはやグレーゾーンも合法ではありません。

以上

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